先日、縁あって大学のゲストスピーカーに呼んでいただきました。

社会学部メディア専攻の授業で、ライターの仕事やジャーナリズムに興味のある学生が対象の実習です。学生が自分自身で取材して新聞を作成したり、冊子の編集を行ったりと「書く」ことについて実地で学んでいます。

大学で話したことは何度かありましたが、少人数のアットホームな雰囲気の中で話すのはこれが初めて。くすっと笑える間違いに頬を緩める表情が見えたり、活発に質問が飛んだりと、とても楽しい授業になりました。


全体的な流れとしては、まず新聞製作や校閲の具体的な手順の説明。そして校閲する上で気をつけるべきポイントを、数字や漢字、慣用句など項目ごとに実例を交え、時には学生自身に考えてもらいながら紹介するのですが、わたしにはこういった機会に必ず伝えたいと思っていることが二つあります。

まず、漢字の形について。自分自身、漢字に関しては入社後に知ったことがたくさんありました。しんにょうの点の数が漢字によって違う場合があること、「澤」や「廣」の入った名前が新聞では「沢」や「広」で載っていること、「サイトウ」という人名の「斎」と「斉」の字の違い……。普段当たり前のように使っている文字のことを、こんなにも知らずに使っていたのだと衝撃を受けました。もっと多くの人に字について知ってほしい、知るべきじゃないだろうか、そんなふうに考えるようになり、仕事について話すときには必ず漢字の話をしています。


そしてもう一つは、校閲という仕事が存在する意味です。

もちろん間違えるよりは間違わないほうがいい。ですが校閲記者を雇用するということは人件費が増えるということです。校閲を置かないメディアもある中で、新聞社に校閲が必要なのはなぜでしょうか。

情報伝達の上でミスは起こりえるものです。友達とのメール、個人のツイッターやブログ、企業の情報開示、時にテレビのテロップでも、あらゆる場面で誤字や事実関係の誤りは発生します。

それでも、新聞は「多くの人に」「引っかかりなく」「事実を」伝えるものです。だから新聞は「間違えるべきではない」。そのことを具体例も交え、掘り下げて伝えています。

そしてまた、新聞は言葉という、脳にとっての水や食べ物を世の中に流通させています。情報の中身だけでなく、伝える手段である言葉自体も、人々の書き、話す言葉に影響を与えるという意味で大切に扱うべきものです。


たとえば性的少数者や少数民族などのマイノリティーへの差別、誤解につながるような言葉を避ける、どういった言葉がそれにあたるのか考える。新聞が使う言葉が世の中に流通することで、より人が生きやすい社会になる。校閲記者にはそんな役割もあります。

それを伝えることによって、学生の皆さんにも改めて、ものを考える、人に伝える手段である「言葉」の力を考えてもらえたらとの願いをこめて、話をさせていただきました。

ただの間違いさがしではない部分をうまく伝えられるかという不安は取り越し苦労で、学生は皆真剣なまなざしで聴き入ってくれました。

また、校閲の話の後には、学生が実習において取材、執筆する記事についてのそれぞれの経過報告があり、わたしも参加させていただきました。おのおの準備してきた紙に目を通すと、「ほら、進捗(しんちょく)の『捗』の字が人によって『歩』の点があったりなかったりするでしょう。これがさっき話した漢字の形の違いなんです」。実習を担当する先生からも「大学生のことを生徒と書いていますが、学生と書くべきですね」など校閲的指導が入り、早速講義を「実践」する場面が見られました。


実は大学はわたしの母校でもあり、学生が発表する「大学の最寄り駅の歴史調査」といった取材計画を聞いて懐かしさいっぱい。同時にテーマ設定や記事の組み立てなどをしっかり考えている後輩に頼もしさも感じました。

この日の校閲についての話は学生が記事にし、同日それぞれが経過報告していた記事についても執筆、完成させたものとともに冊子に収録され、オープンキャンパスで配布されました。

取材や執筆で言葉と格闘したであろう学生たち同様、わたしも若い人に言葉の仕事を伝えるために、あらためて言葉と向き合うことができました。

言葉の舞台は紙からインターネットに変わりつつありますが、人が触れる文字の量は増えているのではないでしょうか。「言葉を使って人は人に気持ちを伝える、だから言葉が増えればもっと気持ちが伝わる」。授業の中で締めくくりに話した言葉です。学生たちに負けないように、わたしたちももっと気持ちが伝わる言葉を探し続けていきたいと思います。

【水上由布】


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