7月9日からのアンケートのまとめです。

「楽観視する」という表現を使うかどうかについて伺いました。
きっとうまくいく、と明るい気持ちで先を見通すのは……
楽観視する 31.7%
楽観する 47.5%
いずれもいう 20.9%

「楽観する」が「楽観視する」を上回りましたが、両方を使うという人を含めると「楽観視する」を許容する人が過半数に達しました。

回答から見られる解説でも書きましたが、日本新聞協会の「新聞用語集」では「楽観視」を重複表現と見なし、「楽観(する)」と直すよう促しています。毎日新聞の用語のルールを定めた用語集も同様です。

ただし、近年は「楽観視」をとがめない新聞社や通信社もあり、一概に直すべきものとしない考え方が強くなってきているようです。

口頭語としては、かなり前から使われている言葉です。戦後の第1回(1947年)からを対象にした国会の会議録検索システムによると、「楽観視」の最初の例は49年、第5回の衆院本会議。「国内の不況は、この農業の金融恐慌から起ることを、政府はあまりにも楽観視いたしておるとしか考えられません」(竹山祐太郎衆院議員)という発言が見られます。「楽観視」は話し言葉では、少なくとも戦後すぐには、国会のような改まった場においても使われていたことが分かります。

辞書を見ると、日本国語大辞典は初版(1972~76年)では見出し語にとっていませんでしたが、2版(2000~02年)では採用しました。1929年の小説(岡田三郎「三月変」)から用例を拾っています。青空文庫では「楽観視」で検索しても用例を見つけることはできませんでしたが、書き言葉としてもまるで使われていなかったわけではなさそうです。

重複表現と考えない新聞・通信社の見解は「慣用表現として定着した」「使用例が多い」といったもの。そもそも「楽観」が明治時代につくられた新しい漢語であることを考えると、少なくとも昭和の初めには使われていた「楽観視」が歴史の浅い言い回しだとは言えない、という考え方も一理あるかもしれません。

しかしやはり、「楽観する」と言うことができる以上、「楽観視」とする必要がない、という考え方も有力です。似た言い回しに「客観視する」がありますが、こちらは「客観する」として使われることがごく少ないので、同列に論じることはできないでしょう。

アンケートの結果を踏まえても「楽観する」が多数派ですし、基本的な立場としては従来通り、「楽観視する」は退けたいと考えます。ただ、口頭語としての使用実態を考えると、発言の中で出てきた場合にも必ず直すかは、少々迷うところではあります。



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