「スカートの中にスマートフォンをかざし……」というくだり、どう思いますか?


けしからん、そんなことはしちゃいかん、というのはもちろんですが、言葉の問題です。「かざす」という言葉の使い方についてのこと。


照りつける日差しに「まぶしい」と小手をかざすことがありますが、これは手を目の上に上げる動きです。


あるいは冬場、「ストーブに手をかざす」というならば、ストーブにかぶせるように手のひらを差しかけることでしょう。


「かざす」は漢字では「翳す」と書きます。「翳」は音の「エイ」と訓の「かげ」、そして意味も「影」と通じます。

「かざす」というのはまず「物の上方に、覆うように差し掛ける」(新潮日本語漢字辞典)こと、すなわち何かの上に手などを差し出し、影を作るような仕草と言ってよいでしょう。
新潮日本語漢字辞典より

その上で冒頭の文に立ち返ると、改めて首をかしげたくなります。何かの下にものを差し出すことを「かざす」と言ってよいのかどうか。

この文は、ある県の迷惑防止条例違反の事件で出てきた例ですが、当日は結局「スマートフォンを入れ」と直しました。後からの考えとしては「スマートフォンを差し入れ」ぐらいが良かったかとも思います。


しかしこの「中にかざす」のような使い方は広まりつつあるのでしょうか。写真はトイレに備え付けの、消毒液の出るディスペンサーですが、「ペーパーをかざすだけ」という文言とともに、紙を持った手を器械の下に差し出すイラストが描かれています。


要するに、手のひらを広げて差し出すような仕草は、対象物の上に向けようと下に向けようと「かざす」だというわけです。


新しい言葉を進んで取り入れることで知られる「三省堂国語辞典」(第7版)は、「かざす」の第2義として「手(に持った物)をさしかける。近づける」という語釈を載せています。
三省堂国語辞典より

中の「近づける」がこうした場合に近いかもしれませんが、「さしかける」に続いて挙げられていることを考えると、何かの下に差し入れるような用法を積極的に取り入れようとしているとは思えません。


写真で挙げた例のように、イラストを付けて説明するのであれば、そもそも「かざす」という言葉を使う必要はなさそうだ、とも考えます。「消毒液は自動で出ます」のような説明があれば問題なく使えそうです。

言葉の使い方は変わるものですが、あえて旧来の用法から踏み出してゆく必要があるとは思えない場合もあります。「かざす」はそんな一例かもしれません。
【大竹史也】


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