東京・竹橋の毎日ホールで9月25日に開かれた「校閲記者の目 あらゆるミスを見逃さないプロの技術」出版記念イベントについて、後編は、毎日新聞校閲グループの若手への質問の続きと来場者との質疑応答、イベント後の懇親会の模様を報告する。
前編「『校閲記者の目』イベントで語られたこと」はこちら



前編で報告したが、若手に「うまくいったこと」を尋ねてもひたすら自己評価の低い2人。平山が「例えば、国政選挙のときに、出稿側とは別に校閲独自でデータを集積して選挙システムのバックアップや校閲が調べる時間がないようなときにフォローをする作業があったが」と渡辺に水を向けると「確かに、あれは大変な作業で、それなりに頑張ったなと思う」と話した。

「仕事では直しを入れるけれど、個人的には違和感があるようなことはある? 自分では普通に使うけどというような」と尋ねると、渡辺は「いわゆる『ら抜き言葉』は、標準語の『こんなもの食べられない』を地元の方言では『こんなもん食べれんわ』というようによく言うもので、むしろ『ら』がある方が違和感がある」と言う。


斎藤が「先日、岩佐さんにメールを送ったときに『各○○ごとに』というダブり表現を使ってしまった」と話したところ、岩佐は「え? 全く覚えていない」と驚き、笑いが起こった。毎日新聞用語集には「各国ごとに」を重複表現として「国ごとに」や「各国で」のように直すよう規定しているが、「新聞は特に簡潔なわかりやすい表現を使う方がいいということで重複表現は避けているが、一般には誤りとまではいえない」と平山が解説した。

最後に会場の方から質問を受け付けた。「ウェブの原稿はどのような体制で校閲しているか」という質問には、毎日新聞のニュースサイトは紙面で使う原稿ならすでに複数の校閲の目が通っており、サイトの担当1人が見出しなどを見ていること、サイト独自原稿も原則として校閲の目を通っていること、休刊日や深夜もほぼ常時見ていることなどを説明した。


また、校閲の仕事をしているという方は「この仕事をしていると、どうしても何を読んでも遅くなってしまう。映画の字幕を見ていても追いつかなくて困る。5年くらいたてば速くなると聞いたが……」と悩んでいるという。

斎藤は「入社2年目ごろに渡辺さんに相談したところ、『5年目になって(速度や間違いを見つける頻度について)安定して読めるようになってきた』と教えてもらった。実際に自分がそうなったのも5年目くらいだった。普段、本などを読む場合の速度はあまり変わらない」と経験を話した。


平山は「仕事上では、新人のころ、見逃してはいけないからとゆっくり読んでいたら、先輩に『速く読もうとしないといつまでたっても速く読めない』と注意された。確かに、見逃すときはゆっくり読んでも見逃す。ある程度の速さは意識しなければと心がけた。一方で、仕事以外の文字もすべて気になって読むことが遅くなり、困った覚えがある。仕事ではないと切り替えられるようになるには時間がかかった」と振り返った。

「担当は決めているのか。例えば、プロ野球に詳しい人というのはいるもので、昔の選手のことも詳しい人の方がすぐぴんときて誤りに気づきやすいのではないか」という質問もあった。


平山は「スポーツ面は正直言って苦手だし好きではない。スポーツをするのは好きだが見ることに興味はないからだ。確かに詳しい人がうらやましいと思うことはある。だが、知っているとかえって見逃すようなこともある。素人の目も必要だ」と話した。岩佐も「知っているつもりになって調べないでいると間違える。校閲記者はまっさらな気持ちで仕事につかなければならないと思う」と話した。


あっという間に1時間半がたち、終幕。さらに残ってくださる方とで懇親会を開いた。

約30人の方が参加。校正・校閲の仕事に携わる方が多かった。「この本は『あるある』という話ばかりで」「つらいのよね」「全部見たと思ってもすぐ隣の行に間違いがあったり」……同じ会場に懇親会用のテーブルを設けている最中にも、平山は5、6人に取り囲まれ、皆さん口々に笑顔で話す。媒体は書籍、雑誌、ウェブサイトとそれぞれ異なるが、校正・校閲としての姿勢や気持ちは同じなのだと心強く思った。



職場に校正・校閲は1人という方や、個人で校正・校閲をしているといった方は、普段同じ仕事の人と話す機会が少ないので、今回のイベントを交流の場と感じてくださったようだ。毎日新聞の校閲は部内の人数こそ多いが、社外の方との接触は少なく、やはり貴重な機会となった。

斎藤は書籍の校閲に携わる方から「1冊読むと達成感がある」ということや「前後に他の人の校閲が入ることが多く、他の人の指摘などが見られて勉強になる。自分にはこの指摘はできないわと感じたりする」といった話を聞くことができ、大いに共感した。


辞書の編集に携わっているという方からは、文化庁の世論調査結果が発表されたばかりの「存亡の危機」という言葉への対応について聞かれた。「『存亡の機』を文化庁は『本来』としているが、毎日新聞ではきちんと決めていない。しかし辞書では『存亡の機』の用例しか掲げていないものが多いことから、直す人もいる。個人的には『存亡の危機』には抵抗がないので議論になったこともあるが、結論は出ていない」と岩佐は答えた。


校閲記者を目指しているという方も何人か。岩手県から来場した方もいた。新聞社の入社試験を校閲で受けたことがあるという方は「面接官が取材記者の方で、そういう相手にどう言えば校閲を志す気持ちが伝わるのか……」と言う。平山にもそうした経験があり、「とにかく気持ちを話せば、逆に相手も意外に思って興味を持ってくれるかも」などと話した。


最後に岩佐が「校正という仕事は奈良時代の写経の照合からあり2000年の歴史がある。いかに技術が進歩しようと校正・校閲はなくしてはならない」と述べて一本締め。きれいにお開きとなったかと思えば、その後で岩佐は「しまった! 2000年じゃなくて1200年だった」と頭を抱えていた。

「毎日メディアカフェ」に校閲の若手が登壇するのは初めてだったが、渡辺は「多くの方が私たちの仕事に興味を持ってくださっていることが実感でき、励みになった」、斎藤は「友人にも自分の仕事について詳しく話すことはなかったが、実際にこんなふうに人に話すことで、向き不向きは別としても、自分はこの仕事を楽しめていると感じた」という感想だった。

また、斎藤は「他の会社、他の媒体の校閲の人の仕事の仕方が知りたい。自分以外皆スーパーマンに見えるような仕事ではないかと思うので、その気持ちとどう闘っているかも知りたい」と希望を語った。
【平山泉】

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