漢字の専門家、笹原宏之・早稲田大教授の講演を聴く機会がありました。全体的にとても面白い話でしたが、ちょうど衆院選が終わったばかりということもあり、次の報告に特に興味をそそられました。

by MASA

政策が似通った同姓同名の人たちが選挙に立候補したとします。「笹原宏之」「笹原ひろゆき」「ささはらひろゆき」「ササハラヒロユキ」という表記を見て誰に投票したくなるか、受講生たちに何度か聞いたそうです。どの表記が支持を集めたでしょうか。

年配の人は「笹原宏之」が、大学生は「笹原ひろゆき」が多かったとのことでした。

今回に限らず、候補者名の表記はやたらと平仮名が目立ちます。漢字だけの候補者の方が少ないと思われるほどです。画数が多かったり見慣れなかったりする漢字ならともかく、小学生でも書ける字も平仮名にする候補者が少なくありません。理由として考えられるのは、少しでも書き間違いによる無効票をなくしたいという候補者側の思惑です。

しかしどうでしょう。たとえば支持政党がなく、政策的にも似たような人が複数いて、誰に投票したらいいのか分からない有権者は、多分に投票時のイメージに左右されることが考えられます。もし笹原さんの言うように「年配者は漢字の名前の方に入れる」という傾向があるとすると、年配者の方が投票率が高いので、平仮名名前の候補者より漢字の方が多く票が集まることになる可能性があります。書き間違いによる無効票や、若者の「平仮名支持票」を差し引いても、漢字の名前の方が有利といえるかもしれません。

もっとも、笹原さんはあくまで大体の傾向を見いだすために、アンケートを取ったまでだそうです。この漢字と平仮名が投票行動に及ぼす影響は、大したことではないかもしれませんが、もしかしたら選挙結果に結びつくかもしれませんので、きちんと調査すべき価値があるのではないでしょうか。



さて、選挙がらみの言葉の話題をもう一つ。これも大したことではないと思う方もいるでしょうが、言葉に関わる者としては見過ごせないのが「過半数」の使い方です。

投票日前の世論調査の結果

「自民党単独で衆院過半数(233議席)を大きく上回る可能性がある」

という記事が毎日新聞に出ました。この表現に社内から疑問が出されたのです。



「過半数」は「半数を過ぎる数」ということ。それを上回るということはあり得ないはずだという指摘です。紙面に出ただけに痛いところを突かれました。ただ校閲としては実際のところ、233という数字を出されると直しにくいという声もありました。

一般的に「過半数を超える」という場合は「半数を超える」「過半数に達する」と言い換えれば済みます。しかし選挙の場合「過半数」はキーワードなので「半数」にはできず、ましてや「過半数(233議席)に大きく達する」では改悪になります。ではどう直せばいいのかというルールが確立されていなかったのです。

そこで今回、社内通知で4通りの代案を示しました。

上の文例の場合

・自民党単独で衆院での最低過半数の233議席を大きく上回る可能性がある。

・自民党単独で衆院過半数ライン(233議席)を大きく上回る可能性がある。

・自民党単独で衆院過半数ラインを大きく上回る可能性がある。

・自民党単独で衆院での最低過半数233を超えて、さらに大きく議席を伸ばす可能性がある。

以上のように、文脈に即して工夫してください。

――として、あとは記者の判断にゆだねました。

 
その結果、投票日翌日の紙面では「過半数ライン」という言葉がいくつか登場しました。

それが最善の選択だったか、今後も検証しなければなりませんが、少なくとも「過半数を上回る」という言い回しは「落選」したといってよいでしょう。
【岩佐義樹】


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