「疑惑」がテーマの〈読めますか?〉の結果は「曖々然」(正解率30%)など。これは「吾輩は猫である」に出てくる語ですが、辞書にも見当たりません。夏目漱石の造語と思われますが、その言語感覚に驚かされます。
〈読めますか?〉結果

この週のテーマは「疑惑」でした。森友学園、加計学園、防衛省日報問題と、次々に浮上する疑惑が念頭にあるのはいうまでもありません。


正解
曖々然あいあいぜん 30%
あやふや 60%
あいあいねん 10%
「曖々然」は素直に読めばいいのですが、特殊な言葉なので特殊な読みと思われたようです。「曖々然」というのは「吾輩は猫である」に出てくる語ですが「日本国語大辞典」にも載っていません。ということは他に例がないのかもしれません。だとしたら、恐らく夏目漱石の造語と思われます。

今月10日の国会閉会中審査でも「あいまい」「あやふや」という答弁が相次いだようですが、そんなときに「吾輩は猫である」のやりとりが、はまりにはまっていることに気づきます。
「いやそれだけは当人の迷惑になるかもしれませんからよしましょう」
「すべて曖々然として昧々然たるかたでゆくつもりかね」
―角川文庫より
さすが漱石というべきか、「曖昧」では面白くもなんともないところを「曖々然として昧々然」とはすごい言語感覚ですね。


正解
有耶無耶うやむや 97%
ゆうやむや 2%
あるやなしや 1%
「有耶無耶」の語源については、「語源ハンター」こと、わぐりたかしさんが「地団駄は島根で踏め」(光文社新書)に1章を設けて記しています。
「有耶無耶関」は、古くから歌枕としても知られている場所だが、長いことその所在地があやふやでうやむやになっている。
わぐりさんは「手長足長」という鬼の伝説がある、山形・秋田県境の三崎峠に注目し、訪れます。神の使いである三本足のカラスが、
峠に手長足長がいると「ウヤウヤ」、いるよいるよと鳴き、いないときは「ムヤムヤ」、いないよいないよと鳴いて旅人に危険を知らせた。
ということなどから、人々は「ウヤムヤの関」と呼ぶようになったということです。その由来も面白いのですが、「意外な展開」が待っていました。
有耶無耶の関がある三崎峠と象潟の町の中間地点に、「字(あざ)ウヤムヤの関」という地名の集落があるというのだ。正確には、「秋田県にかほ市象潟町関字ウヤムヤの関」だ。「有耶無耶関」があったのはここではないかと地元ではいわれているらしい。
そこで職場にある「日本行政区画便覧」(日本加除出版)で該当地名を調べると、面妖なことに「有耶無耶ノ関、」「ウヤムヤノ関、」と、地名なのに「、」が付いていました=トップに掲載の画像。「藤岡弘、」じゃあるまいし、こんな地名表記が本当にあるのでしょうか。


正解
胡乱うろん 78%
ごまかし 15%
ころり 6%
「胡乱」も語源があいまいで「暮らしのことば語源辞典」(講談社)によると
昔、胡(匈奴)が中国に攻め入ったとき、住民があわてふためき乱れたという故事によるという。また、胡散(うさん)くさいなどというように、「胡」には不審だ、変だという意味があり、これに秩序がないという「乱」がついたという説もある。
とのことです。ただ「有耶無耶」語源説に通じると思うのは、ともに北方の異民族を恐れ異端視する姿勢です。鬼とされる「手長足長」も東北を支配していた蝦夷(えみし)の例えとされています。

伝説を言葉に結びつけるというのは必ずしも正しい語源解釈とはならないとは思いますが、古代人の心理の一面を表すこともあります。そして「北」の脅威におびえたり、特殊な国とさげすんだりするのも、今とそんなに変わっていないなあと感じるのです。



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