山梨県富士河口湖町の西湖で2010年に見つかった「クニマス」。元々は秋田県仙北市にある田沢湖の固有種で、現存するクニマスは1930年代に田沢湖から西湖に送られた卵に由来するとのこと。人間による利水事業の影響で、田沢湖では絶滅してしまいましたが、仙北市は再びクニマスがすめるようにと「クニマス里帰りプロジェクト」を進めています。クニマス10匹が仙北市の資料館に貸し出されることになった、と告げた5月の記事には、同市の担当者による「いつか田沢湖に本当の里帰りをさせてあげたい」との発言が記されていました。

「本当の里帰り」? 資料館の水槽ではなく田沢湖に放してやりたい、ということなのでしょうけれど、この「里帰り」という言葉、校閲記者は出てくるたびに「これは『里帰り』と言ってよいのか?」と頭を悩ます言葉なのです。

田沢湖 by RYU H

毎日新聞用語集は「誤りやすい表現・慣用語句」の一つとして「里帰り」を挙げており、「元来は結婚した女性が初めて実家に帰ることだが、比喩として使うことが多い。国外に流出した美術品が展覧会のために一時的に帰ってきたようなときに使われるが、買い戻されて帰ってきた場合など一時的でないことに使うのは適当でない」と説明しています。里帰りの「里」は一般に「妻や奉公人などの生家。実家」(「大辞泉」第2版)のこと。要するに「帰ってそのまま定住・定着する」ような場合には「里帰り」はふさわしくないということです。

さて、クニマスの「里帰り」。仙北市としては、この「里」を「古里」の意味に読み替え、田沢湖こそがクニマスの起源の地であるとアピールする気持ちをこめて「里帰りプロジェクト」という名称を用いているのでしょう。そして田沢湖で再びクニマスを繁殖させたい、クニマスが戻れるような湖にしたい、という目的もはっきりしているようです。うーん、しかし「里帰り」。プロジェクトの名称として、当事者なりに思いを込めて使うことを問題視する気はないのですが、そこから離れたときの扱いには悩みます。

やはり「本当の里帰り」のような言い回しに関しては、伝統的な用法に照らして言い換えを考えたいところです。この記事では、趣旨が変わらない範囲での直しをということで「本当に帰らせてあげたい」としました。クニマスが本当に田沢湖に帰るときには、それが一時的な帰郷ではなく、長く続くものになりますように――という思いもにじませつつ。
【大竹史也】


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