「まずは読んで分かる間違いを見逃さないように」

校閲記者の大先輩はよくこう言います。時間があれば資料やインターネットでいろいろと調べることができますが、一つ一つ確認する余裕がないときもあります。そんな中まず防ぐべきは「読んで分かる間違い」であるというのが先輩の教えです。


でも、誤字・脱字は別として、何が「読んで分かる間違い」なのかは人によって異なるのでは? 知っていれば読んだだけで気付けることも、知らなければ気付けない。間違いに気付けるかどうかは個々人の教養に左右されるのではないかと、物知らずの私は先輩の言葉を聞く度ハラハラしています。


ある日こんな原稿がありました。

「広島で被爆した作家・原民喜(1905~51)の代表的な小説『鎮魂歌』の直筆原稿が講談社(東京都)の収蔵庫で見つかり、著作権を持っているおいの原時彦さん(81)に返された」

私はこの原稿の初校を担当し、問題ないと思ってデスクに渡しました。するとデスクが原稿を一読して「死後50年がたっているから著作権は消滅しているんじゃないかな」と言ったのです。

「著作権を持っている」の部分について、私は何一つ疑問に思わず読みましたが、言われてみれば確かに確認すべき内容です。デスクは「前に知的財産に関わる部署にいたから。偶然だよ」と笑いましたが、自らの経験と知識に裏打ちされた指摘をする姿がかっこよく、自分のメモ帳に「これぞ校閲!」と書き付けてしまいました。

大西記者の「メモ帳」


さて、教養学部出身なのにあまりに教養のない私。このままでは文章に潜む違和感に気付くことなくスルスルと通してしまうと危機感を抱き、「知っていることを増やすキャンペーン」を始めることにしました。

知識と呼べるほど立派でなくても、ちょっと知っているだけで、例えば現場の情景を思い浮かべたり、スケールを想像したりしながら読むことができます。そうすることで気付ける「読んで分かる間違い」を増やそうというもくろみです。



まずは年明けに全国高校ラグビー大会を見に行ってみました。


初めて観戦して驚いたのは応援です。ラグビー部の部員が野太い声で自作の歌を熱唱する応援に圧倒されました。印象的だったのが京都成章。「笑顔、笑顔、笑顔成章!」と応援で笑顔を前面に出すのです。逆転された後の「笑顔!」には胸が締め付けられる思いがして、忘れられない場面になりました。


翌日朝刊を開くと、大きく「最後まで笑顔絶やさず」との見出しが。記事には「『笑顔、笑顔、笑顔成章!』。スタンドから大きな声援が響いた」とありました。

もしその記事の校閲を担当していたら、その時の会場の風景、雰囲気を思い浮かべながら「確かに!」「その通り!」と人一倍自信をもって校閲できたでしょう。少し知っていることで「ふむふむ」と思いながらできる校閲。実感のこもった校閲っていいなと強く思ったのでした。


校閲の仕事は一見すると紙に並んだ文字を淡々と確認する、無機質な作業に見えなくもありません。でもできれば自分の知識や経験を生かして「あれくらいの大きさか」「こういう場面だな」なんて想像しながら、実感のこもった校閲がしたい。そのために、いろいろと見て、聞いて、体験して、教養を高めていこうと思います。結果的にはそれが、「読んで分かる間違い」を見つけることにつながるのだと信じて。
【大西咲子】


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