「今年の漢字」に「金」が選ばれた2016年が暮れようとしています。

ご存じのように「金」という字は「きん」とも「かね」とも読みます。今年の漢字に「金」が選ばれたのも、リオデジャネイロ五輪の「金」と、舛添要一前東京都知事らの「政治とカネ」の問題があったことが理由として挙げられました。

また、遅く入ったニュースなので選ばれた理由にはなりませんでしたが、いわゆるカジノ法の成立も、今年の漢字「金」を象徴する一幕であったといえるでしょう。


さて、「今年の漢字」発表の2日前に、まるで「金」が選ばれることを予測したかのように「金」の表記についての質問が読者の方から寄せられました。
貨幣のことを「金(かね)」でなく「お金」とするようになったのは、いつごろからでしょうか。「金(きん)」との混同を避けるためではないかと思いますが、「お金」のような語を解説文中などで目にするのは違和感があります。
この小文でお答えに代えたいと思います。

「いつごろから」という疑問について毎日新聞のデータベースで調べると、1950年に「農漁村のお金は減る」という見出しが確認できました。しかしそれ以前の使用状況は分かりません。

この読者の推察通り「お金」という表記は「きん」と読まれるのを防ぐためという側面が大きいのですが、それだけではないように思います。

「政治とカネ」という場合などは、毎日新聞などでは慣例上、片仮名を使っています。これを「政治と金」と書いても「きん」と読まれる恐れはさほどないと思います。ではなぜ片仮名なのでしょう。


おそらくカネという表記にはどこかダーティーな語感があり、「政治とカネ」の問題を追及するさいの表記として選ばれているのではないでしょうか。

漢字の「金」も、片仮名ほどではないもののマイナスイメージがつきまといます。それは慣用句に表れています。

金が敵(かたき)

金で面(つら)を張る

金に飽かす

金の切れ目が縁の切れ目

地獄の沙汰も金次第

「金は天下の回りもの」のような、プラスのあり方を示す慣用句もありますが、どちらかといえばあまりよくない印象の言葉が多いですね。「金まみれ」「金づる」「金遣いが荒い」「金の亡者」などの言葉もあります。

日本人は古来、清貧を美徳としてきました。「カネ」「金」という文字からは、その心情と相反するにおいを嗅ぎ取っているのかもしれません。だから、拝金主義とは無縁の金には「お」を付けて、そのイメージを緩和する場合が多いのだと思います。


質問では「解説文中などで目にするのは違和感があります」と書かれています。では毎日新聞で解説や論説記事の用例を探しましょう。

「決して豊かではなかった時代、市民はなけなしのお金で球団を守ろうとした」(広島カープのリーグ優勝に関する論説)

「景観に適した質の高い環境が整備されれば地域にお金が落ち、雇用も生まれる」(地方創生に関する解説)

これらを「お金」ではなく「金」にしても問題ないでしょうが、どこかぞんざいな印象がぬぐえません。庶民がすこしずつためたお金や、お金の理想的なあり方が語られる文脈では「お金」が選ばれていることを示す好例ではないでしょうか。

「金」という言葉は本来、ダーティーな語感とは無縁だったはずです。「かね」の語源は諸説ありますが、柳田国男「雪国の春」(→青空文庫)によると「カナシ」(英語のdear)と同語源といいます。「政治とカネ」という言葉から感じるマイナスの印象に「金」をおとしめたのは、一部の金の亡者のせいなのでしょう。

「お金」という美化語には、失われた本来の語感を取り戻す側面もあるのかもしれません。17年はいい意味でのお金の話題が多いことを祈っています。
【岩佐義樹】



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