新聞にはことばの意味、表記、字体などについて多くのルールが存在しています。記事や書き手によって表記やことばの使い方が揺れていては読者のみなさんを混乱させかねませんし、正確に情報を伝えていくという新聞の使命を果たすためにはある程度のことばの「統一」が必要となるというわけです。


それでは、世界中で「共通語」として使われ、話される国や地域によって少しずつ違いや特徴が存在する英語ではどうなっているのでしょうか。今回はアメリカとイギリスの文字媒体における表記基準の実例を一部だけですが紹介します。


イギリス英語とアメリカ英語に違いがあることはよく知られています。当初はイギリスの一言語であった英語をアメリカ人も使っているのは、アメリカを植民地として開拓したイギリス人が英語を持ち込んだという歴史があるためですが、それから数百年の時を経て両国の「英語」はそれぞれの変遷をたどりました。

例えば「秋」をイギリスでは「autumn」、アメリカでは「fall」と言います。「fall」は「fall of the year」(1年が終わりに向かうころ)、「fall of leaves」(葉が落ちるころ)から「秋」を指すようになったとも言われ、そもそもはイギリス英語でした。それがアメリカに伝えられ現在もアメリカでは使われている一方、イギリスではその後にフランス由来で伝わった「autumn」が主流になりました。このように実はアメリカ英語の方が「古い」単語を使っているというケースは意外と存在します。

一方「隣人」をイギリスでは「neighbour」、アメリカでは「neighbor」、「色」はそれぞれ「colour」「color」とつづります。これはアメリカが独立後に自らのアイデンティティーを確立する上で「-our」の「u」を抜くというルールを作ったためで、アメリカで独自に変化して生じた違いといえます。他にも同じ文でもニュアンスが異なる(「this is quite good」と言ったイギリス人は「そこそこだね」という意味で使ったのに「とてもいい」とアメリカ人は勘違いする)などの違いもあり、同じ「英語」であっても「伝わらない」「誤解される」ことがありえます。

「English to English」にあるニュアンスの違い対応表

文字媒体は、もちろんイギリスの新聞はイギリス英語を、アメリカの雑誌はアメリカ英語を用いて書かれています。ただ昨今はインターネットの普及により、イギリス人がアメリカ人記者の記事を読む、アメリカ人がイギリスの新聞社のオンライン版を購読する――というように、記事が外国で読まれることが増えました。またグローバル化の進展も相まって、イギリスの新聞社がアメリカ人向けの記事を書くために現地で事業を始めるといった事例も生まれました。すると、海外の読者に意味がうまく伝わらなかったり、同じ会社でも記事によってアメリカ英語とイギリス英語が混在してしまったりするような問題への対処をメディアは迫られるようになったのです。

米誌アトランティック「Mind the Gap」

米誌アトランティック「Mind the Gap」では、両国のことばに橋を懸けようとする英紙ガーディアンの試みが紹介されています。200年近い日刊紙であるガーディアンは、2011年にニューヨークを拠点にオンライン版に特化した「ガーディアンUS」をつくり、多くのアメリカ人記者も採用したことで、アメリカ英語が使われる機会が増えました。そこで「イギリス人記者も現地で採用したアメリカ人記者も『母国語』を用いてよいが、固有名詞に関しては現地で使われているスペルを使う」とのルールを定めました。

英紙ガーディアン「English to English」

記者も読者も国籍はさまざまなので、基本的には「違い」を尊重しますが、バラバラでは困る固有名詞に関しては「統一」をはかっているようです。ゆえに「The attack on the World Trade Center put the Department of Defense at the centre of the country’s defence」(直訳:世界貿易センタービルへの攻撃は米国防総省を国防の中心に据えた)という文は認められることになります(イギリス人記者がイギリス式のスペル「centre」「defence」を使うことは許容されるが、固有名詞に関してはアメリカ式のスペル「center」「defense」を使わなければならない)。さらにガーディアンは二つの英語の違いへの理解の一助となるよう、ネット上で「English to English」というブログを開設し、コラムに加え、「ニュアンスの違いの対応表」「単語の違いの対応表」などを載せています。

英誌「エコノミスト」は「World Trade Centre」だった

一方英誌「エコノミスト」は別の選択をしました。「Mind the Gap」によると、同誌は多くのアメリカ人の読者を抱えているにもかかわらず、イギリス英語に統一し、アメリカ英語は使わないことにしたのです。常にイギリスからの視点を持つことを大事にしている同誌は、「違い」よりもことばや視点を「統一」することを選んだようです。実際に記事を見てみると「autumn」「harbour」「centre」と多くの記事でイギリス英語が並んでいました。ただ固有名詞は現地のスペルを採用するように最近変えたのか、エコノミストのホームページの目次は「World Trade Center」とアメリカ式を採用しており、そこに載せられている記事も2014年までは「centre」を使っていたものの、15年の記事は「center」を使っていました。

現在「エコノミスト」の目次は「World Trade Center」

以上米英双方の読者に記事を届けている2社の実例を取り上げました。表記の「違い」「統一」どちらを優先するかは社によって判断が割れているものの、固有名詞は現地のスペルを使う方向になっているようです。確かに現地に行ったときに迷わないよう、外国人に対しても実際に使われているスペルを教えておくというのは理にかなっているように思えます。

日本語は主に日本国内のみで使われている言語であるという特性上、固有名詞以外のことばでも「違い」よりも「統一」の作用の方が強く働きがちです。ただ常に変化し続けることばの性質や多文化を尊重しようという社会の流れを考えると、ガーディアン紙のように、いずれ日本の新聞でも「違い」を認めた上でソーシャルメディア等で注釈を付けるという形が出てくるかもしれませんね。
【佐原慶】

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