読書の秋にちなんで、校閲にとってお薦めの本を……と思っているうちに立冬がすぎてしまいました。もともと夜勤を常とする私たちには、秋の夜長に灯火親しんでじっくり読書を楽しむ時間などありません。それならば、通読するのではなくパラパラめくって、校閲にとって無視できない部分のみを読むのもありなのではないでしょうか。「積ん読」などの本から連想の働く限り校閲・校正に関連する10の本を選んでみました。前後編2回に分けてご紹介します。

まず、今秋に出たばかりの本から――

「赤旗」は、言葉をどう練り上げているか

……すみません、「赤旗」、まともに読んだこと一度もありません。でも、ここに挙げられる言葉は、ほとんどが私たちの普段の作業で問題になる言葉と驚くほど一致しています。「毎日新聞用語集」(赤本)にあることと8割以上共通するのですが、たとえば次の例は今の赤本には記されていません。

生活が大変なので、貯金を「切り崩す」といいがちですが、正しくは「取り崩す」です。「切り崩す」とは「高いところを切って低くする」「反対派に働きかけてその団結をくずす」ことです。「貯金を切り崩す」の意味や用例はありません。

私もこの「貯金を切り崩す」に違和感を持っていたのに、かなり流布しているので、世間では使い方が変わってきているのかという思いもありました。しかしこれを読んで「やはりおかしい」と、意を強くしました。なお、同書では「取り崩す」の説明の後に続く一言がさりげなく「赤旗らしさ」を表しているといえなくもありません。

「貯金を取り崩す」のは困りますが、大企業の内部留保は大いに取り崩して社会に還元してほしいものです。


赤旗の連想ですが、「共産主義」の言葉について書かれた部分のあるのが――

漢字は日本語である (新潮新書)

漢字の中国への逆輸入を述べた部分を引用します。

皮肉なのは、かの国の国名を構成する熟語である「人民」も「共和」も、そして国家の政治体制である「共産主義」も、日本から逆輸入されたものである、という点だ

共産主義だけではなく社会主義の「社会」も和製熟語だそうです。日本から中国への逆輸入漢字があるという話は知っていましたが、国の根幹をなす漢字もそうだなんて、私は知りませんでした。それはともかくこの本の著者は新潮社の校閲部の人で「新潮日本語漢字辞典」を企画・編集した人です。この辞書、毎日のようにお世話になっています。


校閲関係者の本はいろいろ出ていますが――

新聞と現代日本語 (文春新書)

著者は読売新聞の校閲出身で日本新聞協会用語専門委員を長く務めた方だけあって、私たちの仕事に直結する話題が満載です。特に「字体の扱い方」の章は銘記すべきではないでしょうか。

個人的にはどんな字体を使おうと自由です。ただ、字体は文字の形の基準であり、個人に属するものではなく社会的な存在です。戸籍、新聞、辞書のような国語表記の基準を求められる文書は、現在標準とされる字体に統一し、将来的には同一の字を一つの字体に絞ることは、漢字表記の簡明・能率化に間違いなく寄与するでしょう。


新聞に限らないのですが、字体がばらばらだと、校閲・校正が機能していないことがプロにはすぐ分かってしまいます。しかし現実には、校閲・校正は基本的になにも生まないと思われるせいか、経営が苦しいさいに切り捨てられやすい職種なのでしょう。校閲(校正)軽視の風潮に抗する文章を、最近もEテレ「趣味どきっ!石川九楊の臨書入門」に出演していた書家が、13年前の新書に残してくれています――

「書く」ということ (文春新書)

出版社においても新聞社においても近年、とりわけ校閲や校正の本質が見失われ、これらの部門が不当に軽んじられ、縮小や廃止に向う傾向にあるようだが、校閲や校正を経て、初めて文(かきことば)は社会的に流布されることが可能になるという自制の不可避性を見失った施策といえる。

校正・校閲とは誤字、誤用を正すためにあるのではなく、「社会的に通行させてもよい」とするための不可欠の装置である。


石川さんはワープロ批判の論陣を張り続け、手書きの復権を徹底して唱えています。ところで、一度ワープロを覚えたのに「漢字に変換するために、文章の流れが止ってしまうので」手書きに戻った作家がいます。赤川次郎さんです。その経緯などを記した「人生の誤植」という題の文章を含むのが―― 

三毛猫ホームズの遠眼鏡 (岩波現代文庫)

「図書」に連載したエッセーをまとめたものです。あのベストセラー作家が実は「岩波的」な反政府・反原発の論者だったということも驚きでしたが、若いころ校正の仕事をしていたということも知りませんでした。

校正者としての心得の第一に、「大きな文字ほど注意しなければならない」というものがあります。

むしろ目立つところにこそ誤植が残る、というジンクスのようなものが校正にはあります。

校正・校閲をやったことがある人は身にしみているのではないでしょうか。次の本にも書かれています――(後編に続く
【岩佐義樹】

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