校閲の仕事をしていると、とにかく辞書をひきます。それも1冊ではなく、いろいろな種類のものを見比べ、ああでもないこうでもないと考え、悩みます。そんな中でも、よくお世話になるのは「日本国語大辞典」(日国)と呼ばれる大型の辞典。とにかく用例が豊富で、言葉の使い方に迷ったときは、まっさきにこれをひきます。

その日国の第2版の編集者で、辞書の編集35年という小学館出版局チーフプロデューサーの神永暁さんのお話が聞けるイベントがあったので、参加しました。

職場の「日国」
日本国語大辞典は、古くは聖徳太子の時代からの3万点にも及ぶ文献から100万の用例を収録しています。収録語数も50万語。中型の広辞苑が約24万語、小型の新選国語辞典が約9万語なので、日国にいかに多くの情報がつまっているかがわかると思います。使用例を根拠とともに示し、確実な文献によって跡付けることができるのです。
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その文献に絡んで、「六月無礼」についての話が出ました。2012年6月、ある新聞の一面コラムに、「『六月無礼』という言葉は古く平家物語に出てくるそうだ」という文章が載りました。神永さんいわく、この文章は「間違いではないが正確ではない」そうなのです。「六月無礼」は、確かに平家物語に出てくるのですが、「長門本」と呼ばれるバージョンにのみしか現れない言葉なのです。

平家物語には内容や表現が少しずつ異なる異本が大量に存在します。印刷技術がまだない時代につくられ、琵琶法師が語り伝えたものであるためと考えられます。そのさまざまなバージョンの中でも、現在広く読まれているのは「高野本」と呼ばれるもので、そこには「六月無礼」は載っていません。そのため、正確に書くのならば、「平家物語長門本に出てくるそうだ」と書くべきである、ということです。多くの文献を見てきた神永さんだからこその指摘だと思いました。

長門本の「六月無礼」(赤線引用者)=国立国会図書館デジタルコレクションより

もし私が校閲をしていたらきちんと指摘できていたか。確かにどの辞書を見ても「長門本」と書いてありますが、その意味をきちんと理解できたかどうか疑わしいです。この話を聞いて、辞書に書いてある文献の読み方、意味を再確認できました。

日本国語大辞典より

また、「誤用」についての考え方も興味深いものでした。誤用は「言葉の変化」ととらえているそうです。たとえば、「ひとごと」という言葉。「人事」「ひと事」「人ごと」と表記はさまざまあり、「他人事」というものもあります。この「他人事」を「ひとごと」ではなく「たにんごと」と読むことが多くなっています。これは誤りなのでしょうか。

そもそも、「ひとごと」という言葉は、日国によれば古くは平安時代から用いられています。「他人事」という表記が見られるようになったのは江戸時代後期からで、その表記が「ひとごと」ではなく「たにんごと」と徐々に読まれるようになったのではないかと、神永さんは推測します。

比較的新しい読み方ではありますが、これも言葉の変化のひとつとしてとらえているそうです。辞書では、この読み方や表記の変化には「空見出し」(他の項目を参照させるために設けた解説のない見出し)を設けて対応することが多いといいます。この空見出しがなければ「他人事」を「たにんごと」と読む人にとっては、その意味を辞書で確認することができなくなってしまいます。空見出しが設けられているということは、それだけ、本来の読み方などとは違うものも一般的になってきているということなのでしょう。

大辞泉より

ちなみに、常用漢字表の読み方では「他人」を「ひと」と読ませることはできず、毎日新聞では「人ごと」「ひとごと」と表記しています。

毎日新聞用語集より

今回、神永さんのお話を聞いて、言葉に対する姿勢がすごく柔軟だということが印象に残りました。辞書編集者というと、もっと厳格に「言葉とはこうあるべきだ」というお堅いイメージがあったので、ちょっと意外でした。

インターネットが普及し、本来の意味とは違った使い方がされる言葉が以前よりもずっと増えていくことでしょう。私自身、そのことにマイナスのイメージを持っていました。しかし、それをすぐに「誤用」ととらえず、「変化」であると考える視点も持ち、これからも言葉と接していきたいと思いました。
【薄奈緒美】

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