社会人野球の真夏の祭典、第86回都市対抗野球大会がきょう開幕する。頂点を目指し、東京ドームを舞台に展開される熱戦が楽しみだ。一方、華やかな本大会ほど脚光を浴びないが、予選でも数々の名勝負があった。地域面を担当した6月のある日曜日。2次予選の「囲み記事」に気になる表現があちこちにあった。「前を見据えた」。最後の一文がまったく同じだった県版も二つあった。本大会に向けて、気を引き締めるという意味だろうが、スポーツ面で、出てこない日がないぐらいに定着している。


辞書を引くと、「見据える」の意味は、①じっと見つめる②見定める、などだ。「先を見据える」になると、見通しを立てる、先を読む、将来を考える、などが出てくる。間違いとは言いきれないが、「前を見据える」と言われると落ち着かない。支局デスク時代、「後ろを見据えることはできない」と諭し、原稿から削っていた。しかし、翌日の他紙には「前を見据える」は堂々と載っており、顔を合わせた支局員は何か言いたげだった。

誤解を恐れずに言えば、スポーツの原稿はオーバーな表現や微妙な日本語が少なくない。「自分に対する自信を持っている」「責任をかみしめた」。相手はそう言っているかもしれないが、少し違う気がする。前者はダブりの表現だし、後者は「責任の重さをかみしめる」が正しい。そんなに目くじらを立てることもないという意見もあるだろうが。一方で、リズム感のあるスポーツの実況中継は好きだ。最近はあまり聞かないが「打球はレフトスタンドに突き刺さった」「三遊間真っ二つ」など、実際にはあり得ない現象も出てくる。話し言葉だから良いというわけでもないが、勢いのある言葉も時には楽しい。

また、政治記事でも、スポーツ面かと錯覚するような見出しが躍る。「圧勝」「惨敗」はもちろん、「全員野球」や「続投」「再登板」、「オウンゴール」など、きりがない。政策論議より「与野党対決」「あす解散」などの動きの方が、大きな見出しがつけやすいし、目立つ扱いになる。

とはいえ、見据えるのが「前」か「先」かで、後に大きな影響が出てくるのが政治だ。選手は、次の試合など、「前」を見据えるのは当然だが、政治家は「前」のことに集中すると同時に、「先」を見据えてほしい。政党の「勝った」「負けた」は、実は国民にとってどうでもいいことだ。政治はゲームではない。国の将来を見据える大切な場所なのだ。
【内田達也】

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