小学生の頃、「かつての巨人軍の300勝投手、スタルヒン(=写真)は白系ロシア人で、戦時中は須田博と名乗っていた」と何かの本で読んだ。また、「俺のじいさんは白系ロシア人だ」という友人もいた。真偽は定かではないが、彼の顔の彫りは深く、妹も子どもながらにエキゾチックな雰囲気だった。中学生になると、海外の放送を聞いては、「受信報告書」を送って、代わりに放送局から絵はがき(当時はベリカードといった)をもらうことを楽しむようになった。その中で、モスクワ放送から「白ロシア」と書かれたカードがあった。民族衣装をまとった人々の様子などの写真を見て、ソ連は「多民族国家」なのだと感じた。雪深いロシアの地を思い、「白」を使った名称が多いのだろうか。そんな感想を抱き、二つの「白」を意識することなく、大人になり、ソ連が崩壊して四半世紀になろうとしている。

では、「白系ロシア人」と「白ロシア」の違いは何だろう。国際面を担当した日、ベラルーシの首都・ミンスクでロシアやウクライナの首脳らが参加する会議があり、調べているうちに、疑問が氷解した。

まず、白系ロシア人とは、ロシア革命後、国外に脱出、亡命した人のことをいう。共産主義「赤」に対する「白」で、必ずしも白人系とは限らず、ソビエト政府による弾圧がひどかったウクライナ、ポーランド、ユダヤ系も多い。

一方の「白ロシア」は、現在のベラルーシ。本来のロシア語、「ベロルシア」のベロが白の意味で、白ロシア・ソビエト社会主義共和国として、ソ連を構成。ウクライナ同様、国連にソ連とは別に議席を持っていた。では、なぜ「白」なのか。ルーシ(ロシア)の人々は13世紀から16世紀にかけて、モンゴルの支配を受けた。その際、モンゴル人は中国から学んだ「陰陽五行思想」を持ち込み、方角を色で呼び、赤(南部、現在のウクライナ西部)、白(西部、ベラルーシ)、黒(北部、モスクワ周辺)の三つのルーシを決めた。そのうち、「白」だけが国名として残ったのだという。

モスクワもウクライナもベラルーシも元は、兄弟だったのだと分かる。ウクライナ情勢は依然として、予断を許さないが、旧ソ連構成国のことを調べると、違った「国家」や「民族」、「国境」の形が見えてくる。各国の制裁にもひるまないロシアは、どんな未来地図を描こうとしているのか。
【内田達也】

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