校閲グループでは時々、社内や関係者向けに部内報を製作しています。職場に残る中で最も古い1969(昭和44)年11月号には「不断に研究、努力を重ねることによつて、同じ誤りを繰返すことは避けたい」と製作の目的が述べられているのですが、古いものを読んでみても、今でも面白く、教訓になると思うものがあり、仕事について時代と共に変化した部分はあっても、本質は変わっていないと思わされます。

以前も同時期の部内報から「校閲いろは歌」をご紹介しましたが、今回は1970(昭和45)年1月のものを取り上げます。なお、当時の雰囲気を生かし、文字遣いは原文のままとしました。

―辞書、資料にも誤りはある―


 作家司馬遼太郎の「歴史を動かすもの」という論文が元日の紙面を飾つている。ご承知のように、非常にユニークな論旨で、正月紙面にふさわしい好読物であつたが、この中に「酩酊」という語が数多く使われている。ところが、原文はすべて「銘酊」となつているのである。

 署名原稿、とくに文字の使い方に神経質な作家のものを扱う場合、まず原稿に忠実であること―が校閲の鉄則である。しかし、これはどう考えても筆者の書き違えだと思われる。いや、ひょつとすると、酩と銘はどこかでつながつていて、それを知らないだけではないのか。司馬遼太郎ともあろうものが、こんなにひんぱんに書き違えることは考えられない。

―考えあぐねて広辞苑に助けを求めた。ところがどうだ、広辞苑(昭和四十四年刊㐧二版)には立派に「銘酊」となつているではないか。だが、毎日用語集でも「銘酊」となつていて、誤植として後から「酩酊」と訂正が出ている。さらに漢和辞典で調べてみたが、遂に酩と銘の関連性は発見出来ない。念のため、広辞苑の古い方、㐧一版を引いてみた。「酩酊」となつている。新版の広辞苑の誤植のにおいが濃くなつて来たので、岩波書店の見解を聞いた。

 結局、新しい㐧二版の「ミスプリント」とわかつてケリがついたものの、筆者のミスと口ウラを合わせたような辞書のミスプリントに、キリキリ舞いをさせられた一幕であつた。(広辞苑には、まことに失礼ながら、㐧二版には、知り得たところだけでも他に二カ所ほどの誤植がある)。

 同じようなことが、今度は「毎日芸術賞」の欄で起こつた。建築の部で受賞された白井晟一氏が㐧四回高村光太郎賞の受賞者であるという紹介記事(略歴)がある。

 高村光太郎=智恵子抄(詩人)=彫刻家……という系譜が反射的にひらめくが、まさか建築の領域との関係が……ということで、交詢社刊の〝日本紳士録〟をひつぱり出してみた。果たせるかな、白井氏は「㐧四回高村高太郎賞を受ける」とある。詩人光太郎とは違う。

 しかし、先の広辞苑の例もある。〝紳士録一冊だけでは……〟の懸念は的中した。〝紳士録〟以外の名鑑はすべて「高村光太郎賞」なのである。

 調査部をわずらわせて「光太郎賞」に彫刻と建築の二部門があることを知り、〝念には念を入れよ〟という格言を身にしみて感じたのである。
(写真は広辞苑第2版初刷より)

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