サッカー・ワールドカップの開幕が近づいてきた。日本代表への期待が高まる中、近年、海外のビッグクラブに移籍する日本選手が相次いでいる。イタリア・セリエAではインテル・ミラノの長友佑都選手に続き、ACミランに本田圭佑選手が加入した。ともにミラノを本拠地とする名門で、試合内容を伝える記事の校閲にも力が入る。

関連する記事を何度も読んでいるうちに、今更な疑問が湧いた。インテルは「ミラノ」(Milano)でいいとして、なぜACの方は「ミラン」(Milan、ミラノの英語読み)なのか?

外国の地名は、現地の呼称や発音に従って表記するのが新聞の原則だ。その原則の一端を具体的に言うと「英語読みが日本で通用している場合も、現地語読みで統一する」となる。例えば同じイタリアの港町ベネチアも、英語読みのベニスとは書かないのが通例だ。そんなルールが頭にあったから、今になってミラノとミランの違いに違和感を覚えたのかもしれない。

無論、チーム名などには固有の背景がある以上、勝手に表記を変えることはしない。ACミランの英語表記に関しては、詰まるところクラブを設立したのが英国人だったところに理由があるらしい。サッカー発祥の地、英国の人々は、欧州各地に赴く際、現地に自分たちのためのチームを作ってゲームを楽しんだ。それが次第に現地の人々に広まっていったのだが、初期の欧州サッカーにおける英国の影響は、今でも各地に色濃く残っている。

新聞の「現地語ルール」で表記されたカタカナは、先に英語読みで覚えてしまった人にとって気持ち悪く感じられることもある。それでもルールを決めているのは、表記を統一しないと具合が悪いのはもちろん(もっとも、現地語読みをどうカタカナで表現するかによっても揺れが生じてしまうのだが)、現地語表記の方が書かれる対象を「尊重」するとされているからだ。

その考えはおおむね正しいかもしれない。だがACミランには第二次世界大戦中、外国語である英語を嫌ったファシスト政権によって一度「ミラノ」の表記に変更させられたものを、再び伝統ある「ミラン」に戻した経緯があるという(「サッカーの世紀」文春文庫)。何も地元の言葉を使うことばかりが人々の誇りにつながるわけではないということを、ACミランの歴史は教えてくれているように思う。
【植松厚太郎】
(Photo by Stefano Brivio
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