クリミアを巡るロシアと欧米の不穏な情勢の中、日本選手も活躍したソチ五輪・パラリンピックが閉幕しました。大会期間中、現地に行かれた方はもちろん、報道を通してロシア語に触れる機会も多かったのではないかと思います。

ロシア語はキリル文字というアルファベットを用い、ローマ字と形は似ているけれど発音が全く違うというおもしろさがあります。例えば「Россия」「Сочи」の文字。さて、何と読むでしょう。答えはロシア語でそれぞれ「ロシア」「ソチ」です。頭文字の「P」「C」がローマ字にするとそれぞれ「R」と「S」……興味深いけれど複雑すぎる!! ロシア語初心者の私には暗号解読のようです。

ところでロシアの文豪の一人、ドストエフスキー。彼の名前は、「フョードル・ドストエフスキー」とカタカナ表記されることが多いようです。しかし、「フョ」とはあまり見かけない表記です。ほかに「フョ」が使われているカタカナ語はあるのかと調べてみましたが、各種カタカナ語辞典等では少なくとも見出し語に「フョ」はありません。

では、発音はどうでしょう。決してできないことはありません。英語を勉強する際に最初に習う「F」の口で発音するとうまくいきます。上の前歯を下唇に軽くあてながら発音するというあれです。そうすれば確かに楽に発音できます。しかしこの発音はもともと日本語にはありません。外国語があって初めてできるのではないでしょうか。

以前、原稿に「フョ」と表記されたロシア人名が出てきた際、出稿元に「ヒョ」ではどうでしょうかと問い合わせましたが、「『ヒョ』じゃないんだよねえ」とふに落ちない様子でした。ロシア語を知っている人にとってはやはり違和感があるのでしょう。検討してもらいましたが、結局「フョ」の表記のままとなりました。

内閣告示の「外来語の表記に用いる仮名と符号の表」では、第1表で一般的に用いるカタカナを、第2表で原音や原つづりになるべく近く書き表そうとする場合に用いるカタカナを掲げています。第2表に「フュ」の文字はあります。でも「フョ」はありません。しかし、説明によると「第1表・第2表に示す仮名では書き表せないような、特別な音の書き表し方については、ここでは取決めを行わず、自由とする」とあります。「フョ」はこれに当てはまります。やはり一般的ではないようです。

もともと日本語にない発音をする外国語を、文字として表記する場合どうするか。たとえば「F」と似た発音をする英語の「V」ですが、毎日新聞用語集の規定では「ヴ」ではなくB音(W音)を使うことになっています。ベートーベンなどがそれです。また、「フョ」と似たような例で言えば、「イェ」については「『イェ』の表記は用いず、『イエ』『エ』と書く」としています。いずれも、告示に沿ったものです。ここまでくると、「自由」とされている「フョ」もなんとか書き換えられないものかと思えてきます。

そんななか、先日「ルィスコフ」という人名が出てきました。さあ、声に出してみましょう。発音してみると、結局「ルイ」か「リ」に近い音になってしまいませんか? やはり日本人には難しい発音です。結局このときは「ルイ」という表記に直しました。実際の発音を聞いていないので、もしかしたら「リ」の方が近かったかもしれませんが。

そういえば、中学生のとき「ディズニーランド」を「デズニーランド」と発音していた先生を思い出しました。今では当たり前のように発する「ディ」の音も、先生にとっては発音しにくいものだったのかもしれません。いずれは「フョ」や「ルィ」も当たり前に発音されるようになっていくのでしょうか……。
【尾形美保】

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