今年ほどは暑くなかった夏のこと。「最高気温は名古屋で32度、津で33度、岐阜で29度と軒並み30度を超えた」というような社会面の記事に、デスクが「『軒並み』じゃねえよなあ」。

それまでこの言葉には「おおかたそうなっている」というぐらいの曖昧なイメージを持っていましたが、辞書の上では「どこもかしこも。だれもかれも」(広辞苑)というかなり強い意味になるようです。とするとこの場合、岐阜が当てはまりません。だからデスクはおかしいと感じたのでしょうか。

でも実際の用例を見てみると、純粋に「一つ残らず全て」を示してはいないものが多いようです。「2009年衆院選では小泉チルドレンが軒並み落選」といっても10人は当選しています。ゴルフの記事で「強風で各選手が軒並みスコアを落とした」と書かれていてもアンダーパーで回っている選手はいました。毎日新聞に限らず他の全国紙でも同様です。これらの用法は厳密には不適切なのでしょうか? 違和感を覚える人は少ないようですが……。

興味深いのは「新明解国語辞典」の説明が、「すべてが例外無くそうであること」(第5版)から「関係するどれもが、そろって同じ傾向を見せる様子」(第7版)と微妙に変化していること。「どれもが」とはいうのですが、「軒並み」という言葉の主眼は個別のデータ一つ一つよりも全体の傾向にある、というように力点が多少変化しています。例外がある場合でも「軒並み」と表現されてしまっている現状に近づいているように思えます。

そしてこの新明解の語釈が不当だとも思えません。文字通りの意味の「多くの家が軒を接して建ち並んでいること」(日本国語大辞典)から考えてみれば、我々はまず全体として「軒並み」を認識するのであって、一軒一軒見ていった結果として、これが軒並みだと把握するわけではないのです。つまり個別より全体が先立つのであり、軒を並べていた家が一つ欠けてしまってもそれは軒並みと捉えられるのです。例外がある場合に「軒並み」を使うのは不適切、と断じるのはかたくな過ぎるのではないでしょうか。

こう考えると、ただ圧倒的に真夏日の場所が多く、非常に暑かったことを伝える場合「軒並み」と表現しても問題はないでしょう。どこかに例外があったとしても、全体として「軒並み」なので、神経質になる必要はありません。しかし冒頭の記事のように、個別データを並べると「岐阜29度」という例外があまりにも目立ち過ぎ、その例外も含めて「軒並み」とまとめた文章の流れに、デスクが違和感を表明したのでしょう。この場合「多くの地点で30度を超えた」などと書き換えれば、すっきり読めたと思います。
【林弦】

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