タイトルにある「おぼれる」、漢字でどう書くか説明できますか。「さんずいに『弱い』」? そう言い切れれば話は早いのですが、実は「おぼれる」という漢字には図のように2種類の字体が存在し、活字の標準とされているのは右の字体なのです。ややこしいですね。どうして「弱」と「おぼれるのつくり」とで、標準とされる字形が微妙に違うのでしょうか。

「弱」の字体を最初に示した当用漢字字体表(1949年、内閣告示)は、漢字を簡略化する当時の方針に沿って作られました。元々「縣」だったものが「県」になったような例から、「弱」のように字画の向きが変化した細かい例(元々の字体は「おぼれるのつくり」でした)まで、手書きの習慣を考慮して生まれたさまざまな新字体が採用され、その方向性は現在の常用漢字表(2136字)に引き継がれています。

一方、当用・常用漢字以外の膨大な漢字については、長らく簡略化しないまま活字化されてきました。新字体と旧字体が混在していたわけですが、その状態を追認したのが2000年作成の表外漢字字体表。常用漢字外で使用頻度の高い1022字について、現状維持の観点から旧字体、具体的には中国の権威ある漢字字典「康熙(こうき)字典」に基づいた伝統的な字体とするよう定めました。「おぼれる」の字体はこちらで示されているため、「弱」と字形上の差異が生じているのです。

「弱」「溺」に限らず、こうした経緯から日本語の漢字には「ちょっとだけ違う字形」が数多くあります。何とも面倒な話に思えますが、そもそも新旧の混在が自然に受け入れられてきた事情があるわけで、日本人であれば多少の字体差など気にならないのかもしれません。いまだにアンドロイド搭載のスマートフォンの多くは「溺」を左の字体で表示しますし、ウィンドウズではVista以降、100字以上の字体が変わりましたが、気づいていない人の方が多いかと思います。日本語好きを公言して校閲記者になったはずの人間が、「仕事で初めて知った」のテーマで堂々と取り上げているなど最たるもの……。もちろん、仕事中は字体が標準から外れぬよう、漢字の細部にまで目を凝らしています。
【植松厚太郎】

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