「『政府はいつも沖縄の頭ごなしに決める』とあるのは『頭越し』の間違い。もう少しで見落とすところだった」

以前、大阪本社校閲グループの連絡ノートに書かれたものです。在日米軍再編問題に絡み、那覇市で開かれた抗議集会での参加者の発言。「当事者の意見をよく聞かない」という点では共通していますが、「頭越し」が差し置いて物事が進められることなのに対し、「頭ごなし」は一方的に決め付けた態度を取ること。今回の場合、本人の「肉声」をそのまま文字にしたのか、記者が誤入力したのか定かではありませんが、似て非なる言葉が危うくチェック網をすり抜けるところでした。


このように余計な一字が紛れ込むことで別の語句になり、何となく意味は通じるものの、おかしな日本語になってしまっていることがあります。先日も「朝から晩まで働きずくめ」という表現に対し、読者の方から「働きづめ」が正しいのではとの指摘が寄せられました。

辞書には「ずくめ(尽くめ)」は名詞に添えて何から何までそればかりであること、「づめ(詰め)」は動詞の連用形に付いて、その状態が続くこととあります。「黒ずくめ」「結構ずくめ」や「立ちづめ」「歩きづめ」などと使い分けるのが適切でしょう。細かいところまで注意して見ている読者の目は厳しいと改めて実感しました。


一方で最近、誤用と切り捨てていいものか判断に迷う例も。その代表格が「旗をたなびかせながらデモ行進」「風に長い髪をたなびかせて」などで目にする「たなびく」。本来の意味からすると「なびく」が正しく、「た」が不要。逆に「たなびく」を「なびく」とするケースもあり、語感から混同されるものと思われます。

それぞれ辞書によると「たなびく(棚引く)」は雲や煙、かすみなどが横に長く引いた形で空中に漂うこと、「なびく(靡く)」は草や布など長くて柔らかいものが風や水の流れに従って横に動くこと。ただ、「煙がなびく」の用例を掲げる辞書も登場して悩ましいところです。

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ここで思い出すのは、一人の駆け出し校閲記者の話。ある記事で「数々の作品をものしている気鋭の作家」とのくだりに遭遇した彼は、初校で「に」を挿入し「ものにしている」と直してしまったのです。詩や文章などを作り上げる「ものする」という言葉を知らず、「英語をものにする」や「クラス一の美女をものにする」など「習得する」「手に入れる」意味で使う「ものにする」の文字脱落だと信じて疑わなかったようです。

程なく再校をしたデスクに手招きされお目玉を頂戴し、小さくなっていたのが印象的でした。きっと一字の重みと怖さを知ったことでしょう。もう20年近く前の話ですが、たった一字、朱を入れたり抜いたりするのにも細心の注意を払わなければと、私自身も心に深く刻む契機となった出来事として記憶に残っています。
【宇治敏行】

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