先日、高校野球の記事に「試合前も宿舎でバットを振り込んだ」というくだりがあって、戸惑った。「バットを振り込む」とはどういうことか、一瞬のみこめなかった。それからすぐ、素振り、スイングの練習を繰り返しすることだとわかったのだが、どうも落ち着かない。「振り込む」の使い方にこういうのがあるとは、考えが及ばなかった。

手元の国語辞典を繰ると「①振って中に入れる②預金口座に金を払い込む」(岩波国語辞典)の意味を掲げ、これに「麻雀(マージャン)で、自分の捨てた牌(パイ)が相手の上がり牌になる」(明鏡国語辞典)が加わってくる。少し時代をさかのぼると「勢いよく入り込む。押しかける」(日本国語大辞典)意味で使われたらしいが、いまはあまり聞かない。いずれにしろ野球にかかわる、あるいは棒状のものを振るたぐいの使い方は出てこない。

「バットを振り込む」の「込む」は、「お金を振り込む」場合の「何かがその中に入る。また、そうした状態にする」(新明解国語辞典)のそれではない。「徹底してその事を続け、当面の目標が達成されるようにする」(同)の「込む」である。二、三回振り回すのではない。試合でその成果が表れるように、ひたすらに納得のいくまでスイングを繰り返すのだ。辞書にない、あるいはなじみのない言葉であるというなら「徹底的に素振りをした」「納得いくまでスイングを繰り返した」と言い換えてもよいのだろう。が、野球記事で使う表現としては「振り込む」のほうがかえってわかりやすいのではないかとも思う。お金の払い込みやマージャンの用語とまぎれることもないだろうから。

同じような語で「打ち込む=野球などで、何度も球を打って練習する」(明鏡国語辞典)、「投げ込む=〔野球で〕投手が、これで十分と思うまで数多くボールを投げて、調子を整える」(新明解国語辞典)、「走り込む=(本番に備えて)十分に走る」(岩波国語辞典)などが辞書に採用されている。遠くない日に「振り込む」の新しい使い方を載せる辞書が出てくるだろうか(あるいは、すでに記載している辞書があるかもしれない)。名詞形の「(バットの)振り込み」まで認めるかどうかはわからないが……。

ところで、この「バットを振り込む」。毎日新聞ではいつごろから使われているのか、データベースを調べると、遅くとも1991年3月のプロ野球シーズン間近の記事では使われていた。「なじみがない」と書いたが、野球を知っている人には、もはや当たり前の表現なのか。今ごろになって気づくとは、かなり恥ずかしい。
【軽部能彦】
(Photo by Mike Saechang)
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