先日読んだ原稿に、「英北東部ウェリントン」と出てきた。まず浮かんだのが、イギリスにウェリントンてあったっけ、という疑問だった。ウェリントンといえば、ニュージーランドの首都である。調べてみたら、あった。英サマセット州にウェリントンという小さな町が。ああ、そうか、と、あることを思い出した。

学生の頃、イギリスのヨークという町に留学した。聞いたことのない町だったが、石畳の古い町並みの写真に引かれて決めた。何日か過ごしてみて、すっかり町のとりこになった。ヨークの誇る大聖堂は毎朝見るたび新たに荘厳で、石畳の細い道を歩くと、角の向こうには必ず何かが待っている気がした。あるとき、町の人に、「あなたはどうしてここに来たの?」とにこにこしながら聞かれた。「聞いたことのない町だったが歴史があるということで」としどろもどろに説明すると、彼女はいぶかしげな顔をして、「ヨークを知らない? どうして? ニューヨークを知っているでしょう? アメリカの」と言った。それで、回路がつながった。

ヨークは、ニューヨークの語源となる地名だったのだ。英国ヨーク公の名前を取って、新たな土地は名付けられた。それからまさかこんなにも著名な大都市に成長するなんて、ヨークからやってきた入植者たちに想像できただろうか。調べてみるとやはり、ニュージーランドの首都ウェリントンも、かのワーテルローの戦いで英国軍を率いてナポレオンを破った英雄・ウェリントン公に敬意を表して命名されたものだそうだ。

青は藍よりいでて藍より青し。ただし、藍には藍の深さがあった。毎日毎日石畳を歩き回ったが、飽きることはなかった。持っていった靴はどれも底がボロボロになった。開幕間近のロンドン五輪のマラソンでは、石畳の道もコースになっている。足に負担がかかる選手には気の毒だが、地面を踏みしめるあの感覚を、テレビで見ながら想起したい。

ところで原稿の「英北東部ウェリントン」は、「英中西部ウォリントン」の誤りだった。サマセット州ウェリントンは、南西部の町である。
【湯浅悠紀】

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