ある日、いつものように渡された原稿を読んでいると、台風12号についての記事に、「十津川村」(奈良県)という地名が出てきました。少し調べると、遠く離れた北海道にもよく似た地名があることを知ります。その名も「新十津川町」。


 奈良の十津川村では、明治22年にも大水害が起こり、約600戸、2500人ほどの村民たちが移住を決意します。そして、「行くも地獄、残るも地獄」という厳しい道のりを経て、はるか北海道まで移住を果たしました。その際、開拓者たちは遠いふるさとの名をそのままつけ、新天地の名を「新十津川村」とします。その後、人口増加のため村は町になり、今に至ったのだそうです。


 なぜわざわざ遠い北海道まで、と思いましたが、考えてみれば、北海道は明治以降に開拓された比較的歴史の新しい土地。新十津川町のほかにも、開拓者たちのふるさとの名を冠した地名が数多く存在するそうです。このコラムシリーズの1回目に出てきた「伊達市」(北海道)も、もとはいまの宮城県のあたりから移った人たちがつくったまちです。ほかにも有名なところでは、札幌市の南に位置する「北広島市」が、もとは広島県人が集団移住してつくった「広島村」ですし、釧路市には「鳥取大通り」「鳥取神社」といった地名があるなど、調べれば調べるほど出てきそうです。

 昨秋の台風12号の影響で、十津川村は大きな被害を受けました。母村と長きにわたって交流を続けてきた「子町」の新十津川町では、災害の直後から十津川村と連絡を取り合い、必要な物資や資金などの援助を迅速に行いました。ふるさとを思う気持ちは、母村の名前をそのまま冠したことにより、いっそう強いかたちで長く引き継がれていったのだろうと想像されます。ふるさとを思い続けることの大切さを実感する、よい機会となりました。【松風美香】
(Photo by Nkns)
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